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25年間ずっと一緒に暮らしてた、ばーちゃんが亡くなった

どーも、たぬぎりです。

 

ちょっと家も落ち着いたので気持ちの整理をする為にもブログを書く。

タイトルでもわかる通り今回の内容はめっちゃ暗くなると思う。何書くとか考えずにタイピングしてるからどうんな構成にもなるか分からんのよね。読みにくかったらごめん。

 

ただどーしても今の気持ちや思い出を書き留めておきたいなって思うのよ。

 

人ってやっぱり「辛さ」を忘れたり、乗り越えたりする生き物だから、今感じているこの感情もきっと10年後には綺麗さっぱり乗り越えられてるんだと思うし、たまにしか思い出さないんだと思う。

 

でもこの感情の痕跡は絶対にどこかで残しておきたい。

 

いつの日か思い出に浸る時の為に、、、

いつの日か壁にぶち当たった時に勇気をもらう為に、、、

 

ちなみに、ブログに書く必要あるのか? とか 紙やノートで書いてたらいいんじゃない? って思う人もいるかもしれない。だけど、多分実際の紙媒体に書くと無くすと思うからブログにするw

先日、ばーちゃんが亡くなった

いや、改めて文字で見ると普通の事だよね(笑)

 

俺は25歳。

ばーちゃんは84歳。

 

日本の平均寿命は80ちょい?ぐらいだし、高齢者から亡くなっていく事はなんの変哲もない当たり前の事。

逆にこの年齢差で俺の方が先に亡くなっちゃうと、それこそ「事件」になる。

 

だけど俺は今とっても悲しい。

 

あまり何も手がつかないし、家に帰るとリビングが広く感じる、ぼけーってしてしまうし、人の話もあまり耳に入ってこない、言われたことも覚えられないし、注意も散漫になってる気がする。

お通夜や告別式をしてたので、肉体的にも疲れてるのもあるんだろうけど、メンタル部分にも意外ときてるのだろう。

 

別に生き返って欲しいとか、後悔してる事とかは僕はない。

 

だけどめちゃくちゃ悲しいんだ。

 

もうおばーちゃんと喋れない、あの笑顔を見せてくれない、心配して声をかけてくれることもないって考えると、悲しみがゆっくりと湧き上がってくるんだ。

 

めちゃくちゃ優しかったばーちゃん。

 

母さんに怒られた時はいつも撫でてくれてたばーちゃん。

 

僕が「お腹痛い」って言った時はいつもお腹をさすってくれたのは忘れないよ。

 

ばーちゃんとの思い出

まずどーしても書き留めておきたいのは思い出。

絶対に忘れちゃいたくない。数年に1度でもいい。思い出して、読み返して、笑いたいし、ばーちゃんの思い出を思い返したい。

1:ピノ事件

いや、普通はイイ思い出から書くんだろうけど。まずはどーしても忘れられない思い出から書きたい。 「家族」での思い出というよりは「僕とばーちゃん」だけの思い出だ。

 

〜〜〜小学2、3年生の頃〜〜〜

けっこう小さい頃だったからこれぐらいだったと思う。

クソ暑い真夏の夕方頃だったかな?

リフォーム前のリビングで、僕とばーちゃんは「おやつの時間」を楽しんでいた。

もちろん、事件の名の通りおやつはアイスの「ピノ」だ。

 

ピノは箱に6個入りで入っているのが通常だけど、多分30個入りのパーティー用のピノを食べてたんだ。一袋に一粒入ってる形のやつ。

 

そうやって一粒一粒食べてたら、あるピノを僕は見つけた。

 

それが「ハート形のピノ」

 

今考えるとそこまでレアじゃなかったと思う。数箱に一個は見つかるし、それ以降も数回見つけた事があった。でも多分この時が人生初めてのハート形のピノだったんだ。

めっちゃ嬉しくて「うぉおおおおおハート形のピノや!」って言ってた気がする。

そーやって眺めてて、やっとこさ食べようとしてたら、

 

ばーちゃんが横から「パクっ」って食べちゃったのよ。笑

 

え…、、?

 

もうまさに「目が点」。

一瞬何が起こったのか分からなくて、でも理解した瞬間には僕は泣き出した(笑)

(どんだけ食いたかったんだよ俺w)

 

まさかばーちゃんも僕が泣くとは思ってなかったらしく、慌ててパーティー用の袋からハート形のピノを探してくれたw

奇跡的にハート型が1個だけ見つかって、僕は泣き止んだ…。

 

ほんと、オチもないただの事件ですw

母さん父さんに怒られて泣く事はあっても、多分ばーちゃんに泣かされたのはそれ一回きりだったと思う、だからこんなに印象深いのかな(笑)

こんど仏壇にピノでもお供え物したら、天国のばーちゃんに思い出して苦笑いされるのだろうかw

 

これは今となっては大切な笑える思い出。

 

2:ばーちゃん寿命短くなる事件

小学校の時の僕はちょっち元気すぎたのよね…。

今となっては、よくもまぁこんなやんちゃ孫のいたずらにいつも付き合ってくれたと思いますよ。

 

それが「ばーちゃん寿命短くなる事件」。

いや、実際に短くはしてないよ!さすがに!あくまで事件名だから!笑

 

小学校から帰ってくる時間ってだいたい15時半ぐらいじゃん?

その時間は我が家はばーちゃん1人で留守番してる事が多かったのよ。父さんは仕事。母さんは… 何してたんだろ? まぁ、基本ばーちゃんがお留守番。

 

家は玄関にセンサーみたいなの付いてるの。お客さん来たら「ブーー」ってなるやつ。

 

小学生の俺はいっつも玄関から帰ってすぐに近くの部屋に隠れてた。

すると「センサー」の音に反応してばーちゃんが玄関まで出てくるでしょ。

 

それをいっつも「ワッ!!!」っておどかしてた(笑)

 

ばーちゃんはいっつも

 

ひゃ!!

もう、びっくりしたー…!おかえりー!

いやー今日もおばーちゃんの寿命が1年短くなったやんかー!

 

って言って笑ってくれてお出迎えしてくれてたんだ。

これが「ばーちゃん寿命短くなる事件」だ。

驚かせてごめんよ。毎日2人で笑って楽しかったね。

 

3:靴下履いてないのが気になる事件

いや、これ別に「事件」ではないよ? ただの思い出。

 

俺って普段家にいる時は靴下を履かないのよ。

夏だろが、冬だろうが、年がら年中。「裸足一筋」ってわけ。

なんだろう?窮屈感?っていうのかな。どーせ自分の家なんだからストレスフリーでいてたいでしょ。開放感ある方が楽じゃん?

そんな訳で家ではもっぱら裸足の俺です。

 

だけど、ばーちゃんはどーしても、「裸足」が気になるらしい。

 

必ず会うたびに、

靴下履かんで大丈夫?寒ない?寒そうやわー。

って聞いてくれるの。必ず。

 

いや、そんな毎日履いてないから大丈夫やでw って思いながら、

若いから大丈夫!元気やねん!

って返事する俺。

 

俺とばーちゃんの「お約束」みたいなもんだったな。

 

それにしてもなんでそんなに靴下が気になってたんだろうか…。心配してくれるのは嬉しかったけど、今でも疑問に残ってるよ。

 

4:俺の風呂入る時間が気になる事件

そんなにお風呂でゆっくり出来ねぇのよ。俺。

よく温泉でも1時間とか入ってる人いるけどさ、ホントすごいよね。身体暑すぎて無理っ!!!ってならないのかな? ホント10分以上浸かってたら逃げ出したくなる。

この記事読んでいる人の中で、「長風呂派!」の人はごめんね。

普通にすぐのぼせちゃうんですが…(笑

平均体温が高いからだろうか?

そんな感じでめっちゃ風呂の入る時間短いんよ。

まさに「短風呂派」である。

 

それもばーちゃんは気になるらしい。

 

たぬぎり「風呂入ってきまーす!」

ばーちゃん「行ってらっしゃーい」

 

〜〜〜10分後〜〜〜

 

たぬぎり「ただいまー」

 

ばーちゃん「え? もう入ってきたん? ちゃんと湯船浸かった? 頭は洗った? 身体も洗ったんか? 寒ないんか?」

 

たぬぎり「だ、大丈夫やで…!(これ以上湯船浸かったら死ぬんですけど…)」

 

これもいつものお約束。

毎日同じ流れがあった。

いつもの日常がずっと続くと思ってた。

 

ばーちゃん入院

GWになってからばーちゃんが体調を崩した。

緊急入院?って形なのかな。

バイト終わってから家に帰ると、ばーちゃんが入院した事を母さんから聞かされた。

マジか…。って思ったから慌てて病院に行こうとしたんだけど「今は落ち着いているし今日は面会時間も過ぎてるから大丈夫」との事。

 

それでも、嫌な予感がした。

 

1ヶ月前までめちゃくちゃ元気だったのに、この2週間ぐらい食欲がなかったから。

晩御飯は「たぬぎりちゃん…。これあげる。」って言って頻繁に残すようになって、いっつも俺が代わりに食べてた。

それでもすぐに体調は良くなるだろうなーって思ってたら、緊急入院だ。

 

早く会いたい。

明日は朝一で病院に行こう。

もし万が一でも、手遅れになるのだけは嫌だ。

一度も会えずに、このままお別れなんて絶対にしたくない。

 

僕はそれから毎日病院に通った。

日に日に弱っていくばーちゃんを見るのが辛かった。でもばーちゃんが病気でツラそうな顔を見るのはもっと辛かった。両親曰く、医者からは「治すのは厳しい」と言われたそうだ。

 

余命宣言も言われた。

 

 

「1年もつかどうか…」

 

 

・・・・何も言えなかった。

いや、何も言えないというか、言葉は理解できてたし頭では理解できていた。

 

けど「感情だけ」追いついてない感じ。

 

普通なら「辛い」「ショック」「悲しい」「寂しい」とかいう感情が湧いてくるのかもしれないが、僕はそれすらも感じなかった。

 

「自分の生活からばーちゃんがいなくなる」って事が想像すら出来なかった。

 

「現実が受け入れらない」ってこういう事だったのだろうか? 頭はぼーってするし、身体はふわふわしてた。 人から何か話されても理解するのに時間がかかったり、スルーしてしまう事もあった。なにか感情があったわけじゃない。そこにほとんど感情はなかった。

 

「無」って感じ。

 

でもただ一つだけ、頭で理解してる感情もあった。

 

それが「後悔したくない」って事。

 

病院で一緒に居られる時間を可能な限り作った。面会時間になれば病室に向かった。ツラそうにしてたら手を握った。

 

そういえば「ばーちゃんと手を繋ぐ」って結構恥ずかしいね(笑)

多分ほとんどの人がそうだと思うけど、大人になると「家族と手を繋ぐ」ってことしなくなるでしょ。 だからなんか照れくさかったw

最後にばーちゃんと手繋いだのなんて、冗談抜きで幼稚園ぐらいじゃね…w

 

それでも今日が最期かもしれないって考えると「後悔したくない」って気持ちが大きすぎて、照れながら手を繋いだ。

 

そしたらばーちゃんは俺の方みて「手めっちゃ熱いなー」って笑顔で言ってくれた。

体温が高いのからな俺(笑)

 

あの笑顔は一生忘れないだろう。

 

 

そして入院から数日したらばーちゃんは会話もできないくらいしんどそうになっていた。

 

ばーちゃんとの最期の会話

どんどん元気が無くなっていたばーちゃん。

俺は変わらずに病院には顔を出していた。

だけど、ばーちゃんはもう喋るのもしんどそうな状態になっていた。

俺が喋りかけてもあまり反応がなかった。

 

ただ、時折こっちを見て笑ってくれた。

 

その笑顔を見るたびに胸がチクって痛んだ。

 

そしてばーちゃんとの最後の会話の日がきた。

最後の会話をした日は別に「今日が最後か。」って分かってた訳じゃない。だけど何故かその日は僕に声をかけてくれた。喋るのも辛かっただろうが返事をくれた。

母さんが病室にきたので俺は友人と予定してたジムにいこうとした。

 

「ばーちゃん俺ジムで泳いでくるな!」

そう言った俺にばーちゃんはこう返事してくれた。

 

「頑張りや〜」

いつものニコッってした笑顔でそう答えてくれた。

 

 

次の日ばーちゃんは亡くなった。

眠っていくように亡くなっていった。

もし極楽浄土や天国があるなら辿り着けますように…。

 

人生で1番泣いたかもしれない

泣いた。

泣いた。

涙が止まらなかった。

 

じーちゃんが亡くなったのは記憶も曖昧なぐらい小さい頃だった。だから物心ついた頃には「遺影のじーちゃん」って感じだった。

 

だけど今回は違う。

25年間ずっと一緒に暮らしてた家族がいなくなった。

いつも家に帰ると椅子の上にちょこんって座ってたばーちゃん。

これから家に帰っても「おかえりー」って言ってくれないのかって考えると結構寂しい。

 

まだ家の中が寂しい

 

葬式が終わった。

 

亡くなってから3日後だ。

親戚が一同に揃っていたのが、みんな帰路に帰った。

幸い次の日はバイトも休みにしてもらったので、何の予定もなかった。

父さん、母さん、妹、俺の家族4人だけになってしまった。

亡くなってからの3日間は怒涛の3日間だった。

 

お葬式だ、お通夜だ、色々してたら3日間が終わってた。 ばーちゃんの友達もいっぱい来てくれて泣いていた。

 

色んな行事が落ち着いて、親戚も家に帰った。

リビングに残ったのは僕ら4人。

今までばーちゃんを含めて5人でご飯を食べてたから、少しテーブルを広く使えたのも、少し寂しかった。

 

ちょっと落ち着いた今でも、ばーちゃんの部屋の入り口からばーちゃんがのらりくらり歩いてきそうな感じがする。なんか不思議だ。部屋のぞいたら誰もいないんだけどね。空き時間があれば、ばーちゃんの部屋を覗いてしまう。

 

この1人少ない感覚に慣れるのはいつの事なんだろう。。。

 

もし極楽浄土や天国があるなら

ばーちゃんが元気な時、たまに言っていた。

 

「早くじーちゃんに会いたい」

 

もし極楽浄土や天国があるなら、今頃じーちゃんに会ってるだろうか? 夫婦が20年ぶりに会えただろうか?

極楽浄土や天国がホントにあるかは知らない。知らないし知りようもない。

 

だけど、

「2人が向こうの世界で会えていて欲しい」

これは紛れもなく僕の感じている想いだ。

向こうの世界が「あるか」「ないか」ではない。「あって欲しい」って事なんだ。この想いがいわゆる信仰とかに繋がってくるんだろうか。宗教的な話につながってくるんだろうな。

 

ばーちゃんの好きなお酒をいっぱいお供えするから、あっちで大宴会でもしてくれたら嬉しいな。

 

おわりに

書きたいと思っていてもなかなか記事が進まなかった。

悲しみがなんか溢れ出してきて、泣き出しそうになる。

だけど、この感情をどーしても形に残しておきたかった。

 

誰かのためじゃない、自分のためにも。

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